連載「津山 美しい建築の街 再発見」第3回(全4回)
▲3月25日~4月9日開催「2023 津山さくらまつり」(資料提供:津山市)
# 稲葉なおと # インタビュー # 津山美しい建築の街 # 津山まちじゅう博物館構想
城西浪漫館2階「浪漫館ギャラリー」で、谷口圭三市長と、津山市みらい戦略ディレクターの作家・写真家・建築家 稲葉なおとさんが対談しました。
そのダイジェストは「広報津山2月号」に掲載しています。全文をこちらに掲載します。
テーマは、「津山 美しい建築の街 再発見」
今回は、その第3回。
※連載 第1回はこちら→「津山の建築の魅力とは」
※連載 第2回はこちら→「建築再活用を得意とする街 津山」
※連載 第4回はこちら→「美しい祭りの街・津山」
目次 ●「美しさの維持」「住民自身が自慢できる」 |
第3回 住民が自慢できる街づくりを
「美しさの維持」「住民自身が自慢できる」
谷口:稲葉さんが最初に言われていた、建築を永く活かすためのもう1つのポイント、維持し保存していくことについては、気を配ることはありますか?
稲葉:これからますます重要となるのが、「美しさの維持」と、「住民自身が自慢できる」という2つのキーワードではないかと、最近つくづく感じています。
谷口:それは具体的には、どのようなことですか?
稲葉:建物の維持には、雨漏りや傷んだ設備の修繕が求められますし、新たにエレベーターを設置するなどの改修工事も求められるかと思います。
谷口:たしかに、修繕や整備は今後ますます増えることが予想されています。
稲葉:市長としては、どの工事から優先すべきか、判断し決断するだけでも大変ですよね。
金額もかさみますし、どの建築関係者も、私のところを最優先にと要望されるでしょうから。
谷口:おっしゃる通りです。
歴史ある建築には、定期的な維持修繕工事がどうしても必要となりますから。
稲葉:今でもよく覚えているのは、昨年の4月に,私が写真集『津山 美しい建築の街』(以下、写真集)を持参して、谷口市長に初めてお目にかかった際に、
「津山には本当にたくさんの美しい建築と、文化財指定の建築がありますね」
と、申し上げたら、谷口市長は即座に、
「建築の維持にはお金がかかりまして」
と、しみじみおっしゃられて。
谷口:そうでしたねぇ、覚えています。
稲葉:私もその時にはまさしく、しみじみ納得したのですが(笑)、
工事実施の際に、求められている工事だけでは足らないのでは、ということも感じています。
谷口:足らない、とは?
稲葉:当初の工事項目にはないけれども、とても重要なポイントとして求められているのが、先ほど申し上げた、「美しさの維持」と、「住民が自慢できる」という2つのキーワードです。
維持修繕工事を実施する際に、建物全体の美しさを、さらに街並み全体の美しさを失っていないか、できれば美しさがアップするような、そうした視点が求められるということです。
谷口:歴史ある建築ならではの美しさを損なわないことはもちろん、魅力が増すようにということでしょうか。
稲葉:おっしゃるとおりです。
城西地区にある翁橋を例に説明するとわかりやすいと思うのですが。
実は、写真集に載せた写真の中でも、翁橋は、大変苦労した撮影場所の1つでした。
なぜかというと、大正時代の建造物ならではの美しさや、橋としての美しさを失う水道管などがいつしか設置されてしまっていて、橋らしく撮ろうとすると、どうしてもそういった美しくないものが、アングルの中に入ってきてしまって。
谷口:美しい建築写真を撮影する上で、電線が大変じゃまになるというお話は以前、稲葉さんの講演で聞いた覚えがありますが。
稲葉:はい。
これまでにもう、何度も何度も強調しています(笑)。
谷口:電線以外に、建築の美しさを失うものが,橋の周辺にはできてしまっているということですね。
▲翁橋の現状写真(撮影:津山市)
稲葉:そうなんです。
空中は電線がじゃまして、地上では、ものすごく太くてトゲトゲもある水道管がじゃまして(笑)、
撮りながら、もったいないなぁと何度つぶやいたことか。
今後も、維持のため、修繕のために実施される工事が、その建造物ならではの美しさを失うことなく計画されているか、計画段階でチェックし、指導する部署や人材が必要なのではと感じています。
日没後も美しさが増すために
谷口:翁橋については、実は先日,地元の「城西まちづくり協議会」から景観の整備に関して、具体的な要望書をいただいています。
稲葉:そうでしたか。
住民の方々が、景観について関心を持ってくださるのは、とても嬉しいことです。
私が提案しました、維持修繕工事に求められているもう1つの視点が、まさに工事についても「住民自身が自慢できる」という姿勢を持つことです。
住む人が関心を持ち、考え、その結果、住む人自身が自慢できる工事を、ということですね。
実は最近、作州民芸館(旧土居銀行津山支店)の改修工事の打ち合せに参加させていただく機会があったのですが、市のほうでは当初、傷んだ防水や外壁塗装といった補修工事のみを予定していたようです。
谷口:工事の概要は私も聞いています。
傷んだ箇所を早急に直すことが、次の世代への保存につながるということで。
稲葉:たしかに、保存という意味では大切な工事なのですが、その建築を有効に活かすためには、建築を管理運営されている方々の声も反映させることがまた、大切かと思います。
「住民自身が自慢できる」ためにはまず、工事の内容を住民自身がよく理解し、その建築を日々利用する方々もまた有効活用には何が必要かを考え、意見交換することです。
そういった過程を経て初めて、工事が完成した際に、住民自身が自慢できると思うんです。
谷口:作州民芸館の改修工事においては、いかがですか?
稲葉:打ち合せに参加させていただいて思ったのは、建築を日々活用し、お客さまに接していらっしゃる方々にとっては、補修工事と同様に、照明工事やサイン整備工事もまた重要なのでは、ということでした。
せっかく外装を美しく塗り直しても、使われていない古びたサインボードがそのままだったり、外壁に灯る外灯が球切れや断線してしまっていては、工事の効果は半減してしまいますよね。
全体の工事予算の中に、照明工事やサイン整備工事にも可能な範囲で予算を割いては、と提案させていただきました。
谷口:たしかに「足らない」という言葉の意味が伝わってきました。
稲葉:特に今回の工事のポイントは、明治時代に建ったこの貴重な建造物を、外壁の色も、建った当初の姿に近づける、いわゆる「原点回帰」にあって、これは素晴らしい工事になると、私は期待しています。
その期待感をぜひ、市のご担当の方、住民の方々と共有できたら、と。
津山には、世界に誇れる美しい建築があるわけですから、その姿が今回の工事で、さらなる魅力、見栄えのアップにつながると思います。
その期待感をぜひ、市のご担当の方、住民の方々と共有できたら、と。
津山には、世界に誇れる美しい建築があるわけですから、その姿が今回の工事で、さらなる魅力、見栄えのアップにつながると思います。
そこで、改修工事に合わせて、外部照明の調整や整備にも予算を割いていただけたらと、市のご担当者にお願いしました。
谷口:おっしゃるように、津山ならではの美しい建築を日没後も美しくライトアップするかは、今後、市全体を博物館になぞらえる「まちじゅう博物館構想」を具体化するにあたっても、重要なテーマの1つと考えています。
稲葉:陽が暮れたあとも、魅力的な街並みがそこにあれば、日没後も街を散策する観光客は確実に増えると思います。
美しくライトアップされた建築がSNSなどで話題になれば、それを見たいと訪れる観光客もまた、確実に増えますよね。
実は、写真集のカバー裏の写真ですが、これは城東地区を管理されているボランティアの方に無理をお願いして、日の出直前の明け方に、道に設置されている行灯を1つ1つ、点灯していただいて撮った1枚です。
谷口:この写真ですね。
▲写真集カバー裏を見る谷口市長(撮影:津山市)
稲葉:はい。
この行灯は実際には、日没後の限られた時間しか点灯していないのですが、もう少し長い時間点灯するようになれば、美しくライトアップされた歴史ある街道を、写真に撮って、インスタグラムやフェイスブック、ツイッターなどで配信してくれる人、観光客だけでなく住民の方も、増えると思います。
谷口:たしかに稲葉さんの撮られたこの写真を拝見すると、照明によって街並みが変わるという印象を共有できますね。
住民が自慢できる宿泊施設に
稲葉:「住民自身が自慢できる」という観点で、もう1つの例を挙げると、住民自身が自慢できる宿泊施設ですね。
谷口:宿泊施設を住民自身が自慢できるように、ということですか?
稲葉:はい。
観光の街・津山に足らないと誰もが感じているのが宿泊施設かと思います。
新たな宿泊施設が次々と開業していますが、施設運営者の考えを伺うと、観光など外からの需要に応える目的だけでつくろう、つくった、というケースが多いようです。
谷口:たしかに、そうですね。
「津山さくらまつり」の時期などは、どこも満室で足らないという声が圧倒的ですから。
稲葉:遅ればせながら、津山史上最速でのさくらまつり来園者10万人達成、初の12万人超え、おめでとうございます(笑)。
谷口:ありがとうございます(笑)。この一年の間に、建築はもちろん、郷土料理や、津山出身の人材が注目されるなど、津山のニュースが重なったお陰ですね。
▲観光客増加を示すグラフ(資料:津山市)
稲葉:観光客の増加が明らかなだけに、ホテル需要が増していることは明らかなのですが、住民の方々といっしょに完成した宿泊施設を見学すると、実は住民の中にも「使いたい」という声がありますね。
例えば、建物1棟を丸ごと貸し出す宿泊施設がいくつかできていますが、住民の方にとっては、県外に住む子どもたち家族が孫を連れて帰省した際に、津山在住の自分たちもいっしょに、その施設に泊まって、食事や歓談を楽しむとか。
定期的な会議を、たまには食事を交えて、という時に、居酒屋に流れるだけでなく、そうした施設を時間借りして、会議と懇親会に活用させてもらうとか。
谷口:住民自身が自慢できる宿泊施設ということはそういうことなんですね。
外からのVIP用に、豪華な設備や備品の用意がありますというだけでなく、住民自身も時には利用できるような。
稲葉:住民が利用する場合の割引料金の提案なども、あってもよいと思います。
谷口:それは新鮮な提案ですね。
稲葉:住民の方々が、あの建築は観光客用だからと線引きして無関心になってしまうのではなく、自分が住む地域の建築を、自分の家のように関心を持ち、その美しさの維持にも、活用法にも関心を寄せてこそ、街の美しさと活気は維持されると思います。
谷口:「みらい戦略ディレクター」として、稲葉さんが専門の建築の整備以外にも、これからの津山を考えるにあたって、他にも何か気になる点や、キーワードになることはありますか?
稲葉:実は昨年からすでに、住民の方々といっしょに取り組んでいるテーマが2つあって、1つは、「住民自身が自慢できる、おみやげグッズ」の開発です。
谷口:ここでもまた、「住民自身が自慢できる」が重要なんですね。
稲葉:はい、おっしゃる通りです。
そして、取り組んでいるもう1つが、お祭りの魅力拡散ですね。
津山に住む人たちがこんなにも「お祭り好き」というのは、つい最近になって認識しました(笑)。
以下次号
津山市みらい戦略ディレクター 稲葉なおと
© 2022 SeizoTERASAKI
東京工業大学建築学科卒業。一級建築士。建築家を経て作家・写真家としてデビュー。500軒以上の名建築宿に宿泊取材した体験を元に、旅行記、写真集、小説、児童小説を刊行。JTB紀行文学大賞奨励賞受賞。日本建築学会文化賞受賞。2月刊行の講談社文庫・小説『ホシノカケラ』は、児童小説『サクラの川とミライの道』、写真集『津山 美しい建築の街』と共に津山三部作として話題に。他にノンフィクション『夢のホテルのつくりかた』など著書多数。
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津山市長 谷口圭三
平成30年(2018)2月から津山市長に就任。現在2期目。 |
この情報に関する問い合わせ先
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