久米の佐良山

  

 「 美作や久米の佐良山 さらさらにわが名は立てじ よろづ世までに 

 これは『古今和歌集』にある歌で、平安時代の貞観元年(859)、清和天皇の大嘗祭が宮中で挙行された際、美作国英多郡(あいだぐん)から奏上されたものである。英多郡からの歌が、久米郡の「久米の佐良山」を内容としているのは、それが大嘗祭にふさわしい歌だからであろう。この歌は通常男女の忍ぶ恋の歌とされているが、それでは大嘗祭の歌に適さないので、「わが名は絶えじ」の誤りとみて天皇に対する永遠の奉仕を誓ったものとする説もある。

佐良山碑

 「久米の佐良山」の所在については、江戸時代以来、

  嵯峨山(津山市中島、標高289m)、

  笹山(津山市皿、標高301m)、

  神南備山(津山市一方上、標高356m)

 の三説が対立していて、未だ決着していない。

  なお、嵯峨山山頂付近に、文化13年(1816)建立の

 「佐良山碑」(市指定重要文化財)がある。

 

 

 

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