尼子、毛利、宇喜多も狙った山城~岩屋城跡
中世の山城 岩屋城跡
岩屋城跡は、1441年、山名教清が赤松満祐討伐の功により、美作国の守護に任ぜられたときに築城されたといわれています。群雄割拠の戦国時代、岩屋城は数多くの武将にねらわれる、美作の国の重要な拠点でした。
城郭のある岩屋山(標高483m)は三方が断崖で、守るにやすく攻めるに難い天然の砦(とりで)です。眺望もすばらしく、本丸から西に真庭市の勝山地区、落合地区を見ることができます。時の武将たちは、この場所から国の様子をながめていたことでしょう。
その歴史的価値が評価され、岩屋城は史跡として県指定文化財に指定されています。
現在、岩屋城では、頂上をゴールにしたウォークラリーが行われています。さわやかな秋空の広がる11月、毎年多くの人たちが参加し、喬松小学校から岩屋城山頂までの約7kmを歩きます。山頂でのイベントや、地元「岩屋城を守る会」の方々による岩屋茶屋もこのラリーの楽しみの一つ。市内はもちろん、県内各地から多くの方々が参加し、山頂からの景色を眺めながら、ひとときの安らぎを楽しんでいます。
問い合わせ先:文化振興課℡0868-32-2121
※ウォークラリーについては作州津山商工会久米支所℡0868‐57‐3398
登録日: 2007年1月25日 / 更新日: 2008年5月16日



