後醍醐天皇と児島高徳ゆかりの地

作楽神社

 

 

場所/岡山県津山市神戸433(中国自動車道院庄ICから車で約3分) (Googleマップへリンク)
℡/0868-28-0719
参拝自由
駐車場/乗用車30台(無料)

後醍醐天皇と児島高徳を祭神として19世紀に建立。朝廷から勅号の「作楽神社」という社名が下された。『太平記』によれば、備前国の武将、児島高徳が、隠岐へ流される後醍醐天皇の奪回しようと船坂山や杉坂峠で試みるも失敗。この地に宿泊した際にも厳重な警備にはばまれた。その時に庭の桜の木に無念の句を彫り込んだといわれている。
「天莫空勾践時非無范蠡(天勾践を空しうするなかれ、時に范蠡なきにしもあらず)」と10字の詩を書いて立ち去った。これは故事からの引用で、越王勾践(こうせん)が呉王夫差(ふさ)と戦って敗れ、とらわれの身となっていたのを忠臣范蠡(はんれい)らの努力によって呉を破ることができた、という范蠡の貢献が称えられている。児島高徳は、後醍醐天皇を勾践に、范蠡を自分自身にたとえて、帝(みかど)を慰めたとされる。
翌朝、この詩を見つけた警固の賊兵は、その意味がわからず、ひとり天皇のみ解し「ここにも忠義な家来がいたか」と末たのもしく思しめされた、と伝えられている。
この詩が刻まれた桜は「忠義桜」と呼ばれ、昭和初期には上記エピソードをもとにした歌が作られ、全国に知られるようになった。⇒歌謡曲「忠義桜」についてはこちら
 ●作楽神社春季大祭/4月第2日曜約1万坪の境内で桜吹雪の舞う中、武道の奉納などが行われる。